2人に共通する「消えない」という現象
鈴木亮平という俳優は不思議だ。役ごとに体重を50kg変動させ、顔も雰囲気もまるで別人になる。にもかかわらず、「やっぱり鈴木亮平だ」とわかる。視聴者の記憶に深く刻まれ続ける。
田中圭はスキャンダル後も話題が続く。映画『キングダム 魂の決戦』へのキャスティング発表では「批判殺到」となったが、そのこと自体が彼の存在感を証明している。誰も気にしない人物には批判すら起きない。
2人のメカニズムはまったく異なる。しかし「記憶から消えない」という結果は同じだ。この共通点と相違点を脳科学で解明すると、ビジネスパーソンにとって極めて重要な示唆が浮かび上がってくる。
私たちの脳に存在する「鈴木亮平ニューロン」
私たちの脳には、特定の人物だけに反応する神経細胞が実在する。
2005年、カリフォルニア工科大学のクイローガ氏らが『Nature』誌に衝撃的な研究を発表した。てんかん患者の海馬に電極を挿入して記録したところ、「ハル・ベリーの写真を見たときだけ」反応するニューロンが確認されたのだ。「ジェニファー・アニストンの写真を見たときだけ」反応する単一のニューロンも同様に存在した。
驚くべきは、そのニューロンが写真の角度が変わっても、イラストになっても、名前を文字で見るだけでも反応したという点だ。顔の形態そのものではなく、「その人物というコンセプト」に反応していた。
神経科学者ジェリー・レトヴィンが1969年に提唱した「おばあさん細胞(grandmother cell)」——「あなたのおばあさんを見たときだけ反応するニューロン」という思考実験が、現実に証明された瞬間だった。
つまり、私たちの海馬には「鈴木亮平ニューロン」が実在する。だから彼が体型を大きく変えても、役柄が変わっても、そのニューロンが反応し続ける。しかも予想を超えた変化が起きるたびに、ニューロンへの反応が強化され、記憶がより深く刻まれていく。
体重増減50kgという振れ幅は、忘却を防ぎ記憶を強化する最強の装置だったのだ。
田中圭が「批判されても消えない」理由
田中圭のケースは、また別の脳科学的メカニズムが働いている。
プリンストン大学のトドロフ教授とニューヨーク大学のウルマン氏の共同研究で、重要な事実が確認されている。ある人物の顔とネガティブな情報が一度結びつくと、その後は顔を見るだけで脳がネガティブ情報を自動的に呼び起こすのだ。
しかも「注意が向いていない状況でも」この反応は起きる。忙しいときでも、別のことを考えているときでも、顔とネガティブ情報は自動的に連想される。
スキャンダル後に田中圭の名前を見るとき、人々の脳内では自動的にその記憶が呼び起こされる。これは記憶が「消えていない」証拠だ。批判コメントがやまないのは、脳が強く反応し続けているからに他ならない。
そして東洋経済オンラインに寄稿した記事8でも述べたように、批判は関心の高さの証明でもある。誰も気にしない人物には批判すら起きない。
2人の「消えない」理由――共通点と相違点
2人を整理すると、共通点と相違点がはっきり見えてくる。
共通点:最初の「普通じゃない刺激」が海馬にニューロンを作った
鈴木亮平のニューロンが刻まれたのは、2013年の映画『HK 変態仮面』だ。下着を顔に被り、全力で演じ切った。常軌を逸した役柄が視聴者の脳に強烈な印象を残した。「この人は何でもやる」という記憶の種が、このとき海馬に植えつけられた。
田中圭のニューロンが刻まれたのは、2018年のドラマ『おっさんずラブ』だ。中年男性同士の恋愛を真剣に、コミカルに演じ切った。この作品は社会現象となり、「田中圭=ギャップのある愛嬌」という記憶が多くの視聴者の海馬に刻まれた。
どちらも「普通ではない役」だったからこそ、海馬にニューロンが生まれた。無難な役では、ニューロンは作られない。一度刻まれたニューロンは簡単には消えない。これが2人に共通する「消えない」という結果の起点だ。
相違点①:鈴木亮平――ポジティブな変容がニューロンを強化し続ける
鈴木亮平のインサイトは「役を本当に生きている嘘のない演技が見たい」という視聴者の期待だ。体型を極限まで変えるというアウトサイトが、そのインサイトに応えている。作品ごとに「また変わった」という驚きがニューロンを刻み直す。こうして「鈴木亮平=本気で変わる人」という信頼のイメージが積み上がっていく。
相違点②:田中圭――「原始的引き寄せ」がニューロンを維持し続ける
田中圭のインサイトは「好意」ではない。「逸脱した者を見届けたい・裁きたい」という原始的な感情だ。人類が集団生活の中で進化的に獲得した「逸脱制裁本能」であり、スキャンダルを犯した人物に対して無意識に抱く衝動だ。
そのインサイトに対して、スキャンダル後の体型変化・ポーカー生活・復帰後の役柄がアウトサイトとして機能している。顔を見るたびに記憶と感情が呼び起こされ、「まだ見届けていない」という感覚が維持される。批判という形であっても「反応し続ける」のは、この原始的引き寄せが継続的に刺激されているからだ。
この構造は、私がかつて資生堂で開発したAg+(エージープラス)でも確認できる。消費者のインサイトは「香りでごまかさずニオイを根本から消したい」だった。そのインサイトに対して、銀色のボトルと「Ag+」という化学記号がアウトサイトとして応えた。テレビCMゼロで大ヒットした理由はシンプルだ。内側の価値と外側の見た目が一致していたからだ。ビジネスパーソンも俳優も、この構造は変わらない。
あなたのビジネスに応用する3つのステップ
では、これをビジネスの現場にどう活かすか。
ステップ①:まず「あなたニューロン」を作る
相手の海馬に「あなた専用ニューロン」が作られるためには、最初の接点で十分な刺激が必要だ。
多くのビジネスパーソンが陥る罠は「無難な第一印象」を目指すことだ。清潔感があり、礼儀正しく、当たり障りのない振る舞い——それ自体は大切だが、それだけでは海馬にニューロンが生まれない。
覚えてもらえないのは「失礼だったから」ではなく「刺激が足りなかったから」かもしれない。
ステップ②:「あなたらしい変化」でニューロンを育てる
一度ニューロンが生まれた後は、「この人はこういう人だ」という期待を定期的に少し上回ることが必要だ。
まったく予想外の変化は「別人になった」という混乱を生む。しかし「あの人らしい驚き」——前回より一歩踏み込んだ提案、予想より深い洞察——はニューロンをより強く刻み直す。
鈴木亮平が例外なく体型変化を実行し続けるように、一貫性が記憶を強化する燃料になる。
ステップ③:自分の「インサイト×アウトサイト」を設計する
相手のインサイト(まだ言語化されていない期待)は何か。それにどんなアウトサイト(見た目の設計)で応えるか。
「現場を知るマネージャー」というコンセプトなのか、「革新をもたらすプロフェッショナル」なのか。そのコンセプトは、服装・表情・話し方・資料のデザインまで、一貫して伝わっているか。
誰かの海馬に「あなたニューロン」を作る戦略を、あなたはすでに持っているだろうか。
「見た目を変える」のではなく「見た目を設計する」
鈴木亮平も田中圭も、見た目を「飾った」わけではない。自分の価値や信念を、見た目という器を通して一貫して伝え続けた。
見た目の科学が示すのは、「美しくなれ」ということではない。「あなたの中身の価値を、見た目という言語で正確に語れ」ということだ。
脳科学は、その「語り方」の設計図を教えてくれる。
筆者:宮本文幸(みやもと ふみゆき) 桜美林大学ビジネスマネジメント学群教授。資生堂に33年間勤務し、Ag+(エージープラス)などのヒット商品を手がけた後、2018年より現職。専門はプロダクト・アピアランス研究。「ヒトとモノの売れる見た目をつくる」をテーマに「見た目戦略」を研究・執筆・講演活動を行う。東洋経済オンライン寄稿者。
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