2026年5月25日の週から、白黒のカルビーポテトチップスが実際にスーパーの棚に並び始めた。ポテトチップス・かっぱえびせん・フルグラなど主力14品が対象で、堅あげポテトは6月22日の週以降に順次切り替わる予定だ。食品パッケージの見慣れたオレンジや黄色のパッケージが消え、モノクロームの棚が現実のものになった。
2026年5月、カルビーが主力商品の食品パッケージを白黒に変更すると発表した。中東情勢の緊迫化によるナフサ不足で、カラー印刷に必要なインクの原料が入手困難になったためだ。その後カゴメのケチャップ、日清製粉ウェルナのパスタも続いた。
私は東洋経済オンラインで見た目の科学による2本の記事を書いた(記事14・15)。記事14では「白黒パッケージでは長期的には売れない」と論じ、記事15ではナフサ危機を乗り越えるための「3つの方向性」を提示した。
3つの方向性:
- 方向性1:透明・素顔型——中身を直接見せることで信頼を獲得する
- 方向性2:シンプル・高品質型——無印良品モデル。引き算の美学で本物感を訴求する
- 方向性3:新しい感情体験型——色に代わる形状・素材・質感で楽しさ・ワクワク感を演出する
しかし東洋経済の記事では、紙幅の制約から「なぜこの3つが正しいのか」という見た目の科学の理論的な根拠を十分に書けなかった。今回はその根拠を論じたい。
そもそも「理想の食品パッケージ」とは何か
ここで一度立ち止まって問いたい。
そもそもカルビーのオレンジパッケージは「理想のパッケージ」だったのか。そしてナフサ問題がなければ、食品パッケージに問題はなかったのか。
実はそうではない。ナフサ問題は「理想のパッケージとは何か」という根本的な問いを、業界全体に突きつけた。その問いはナフサ問題が解決しても消えない。
消費者はスーパーの棚で、1つの商品に目を留めるのに数秒しかかけない。その数秒の間に何が起きているのか。
私の研究では、消費者は商品パッケージを見るとき、脳内で人の顔を見るときと同じ情報処理を行っていることが確認されている。つまりパッケージは「商品の顔」だ。
顔には2つの役割がある。「信頼できるか」を伝えること、そして**「魅力的かどうか」を伝えること**。理想のパッケージとは、この2つを消費者の潜在意識に同時に届けるものだ。
しかしそのためには、見た目の科学による3段階のプロセスが必要だ。
インサイト発掘→インサイトに応えるコンセプト設計→アウトサイト設計
「インサイト」とは、消費者自身も気づいていない潜在ニーズのことだ。それを掘り起こし、コンセプトとして言語化し、見た目(アウトサイト)に変換する——このプロセスを経たパッケージだけが、消費者の潜在意識に届く。
カルビーのオレンジパッケージは長年このプロセスを経て消費者の記憶に刻まれてきた。白黒化はそのプロセスとまったく無関係に、コスト削減という企業都合で行われた。消費者が本能的に拒絶したのは、そのためだ。
食品での成功例——ガーナ・ガリガリ君・明治ザ・チョコレートが教えること
では食品パッケージで、このプロセスを正しく実践した事例はどこにあるのか。
ガーナミルクチョコレート——イメージ・モチーフ理論の実践
「本物のチョコレートへの情熱を感じたい」という消費者のインサイト→「カカオへのこだわり」というコンセプト→赤色とカカオポッドのデザインというアウトサイト。この3段階が発売以来一貫して守られ、ロングセラーの源泉になっている。
コンセプトを象徴するモチーフを形・色・素材で表現する——私はこれを「イメージ・モチーフ理論」と呼ぶ。ガーナはこの理論を食品で実践した代表事例だ。
ガリガリ君——擬人化理論の実践
ガリガリ君(赤城乳業)のキャラクターは30年以上にわたって消費者の「顔」として機能してきた。消費者はパッケージを顔として認識し、その顔との親しみが購買意欲を支えてきた。
カルビーのポテトチップスにもキャラクターが描かれていた。今回の白黒化でそのキャラクターが消滅した。「顔」を失ったパッケージは、消費者との無意識の絆を断ち切った。これがSNSに「お葬式みたい」という反応を生んだ本質的な理由だ。
なお、食品の擬人化には興味深い逆説がある。海外の研究(Niemyjska et al., 2021)では、顔と感情を付与された擬人化クッキーを前にした子どもたちは「友達を食べる感覚」が生まれ、消費量が大幅に減少したことが確認されている(※1)。購買を促す「顔の力」が、いざ食べようとする瞬間には逆に働くという逆説だ。「顔」の設計には、この二面性への配慮が必要だ。
明治ザ・チョコレート——3段階プロセスの完全実践
明治「ザ・チョコレート」は食品パッケージの成功事例として最も学びが多い。
- インサイト:「本物のカカオの深い味わいを、大人として選びたい」
- コンセプト設計:「BEAN TO BAR——カカオ産地のこだわりを持つ本物のチョコレート」
- **アウトサイト設計:**縦型パッケージ・クラフト質感・カカオ豆のモチーフ・箔押し
横型ばかりだったチョコレート売場に縦型を持ち込んだことで棚に独自の存在感が生まれ、購入者が自らすすんでSNSに投稿するようになった。通常の2倍の価格設定でも、1年弱で3,000万枚を売り上げた。
3段階プロセスが完璧に機能したとき、パッケージは広告費なしで口コミを生む力を持つ。
東洋記事の「3つの方向性」が正しい理由
以上の理論と事例を踏まえると、東洋記事15で提示した「3つの方向性」それぞれに、見た目の科学による明確な理論的根拠があることが見えてくる。
方向性1「透明・素顔型」の根拠——擬人化理論
私が資生堂時代に行った店頭実験では、スキンケアブランド「アスプリール」のパッケージで、中のボトルが直接見えるデザイン(顔が見える)のほうが、イラスト入りの不透明ケース(顔が見えない)より明らかによく売れた。「顔が見える=信頼できる」という原理は食品にも当てはまる。中身の素顔を見せることは、消費者の潜在意識に「この商品は隠し事がない」というシグナルを届けることだ。
方向性2「シンプル・高品質型」の根拠——インサイト発掘の正確さ
無印良品が40年以上にわたって「引き算の美学」を実践できているのは、「装飾を排除してほしい」「本物だけを信頼したい」という消費者の深層のインサイトを正確に掴んでいるからだ。シンプルなパッケージがコンセプトそのものになっている。「何もしない」ように見えて、インサイトに最も忠実なアウトサイト設計だ。
方向性3「新しい感情体験型」の根拠——3理論の統合
これが最も重要で、最も難しい方向性だ。スナック菓子が「バラエティ・シーキング型購買行動」——つまり「選ぶこと自体が楽しい」という感情的ニーズを持つカテゴリーである以上、色に代わる「違い・目新しさ・感情的喜び」を作り出す必要がある。
そのためには3つの理論すべてが必要だ。インサイト・アウトサイト思考で「今の消費者が何を求めているか」を掘り起こし、イメージ・モチーフ理論で形状・素材・質感という新しいモチーフで表現し、擬人化理論で「チラ見せ」による信頼と食欲喚起を同時に実現する。
明治ザ・チョコレートの縦型パッケージは、色ではなく「形」という新しいモチーフで感情体験を生み出した。これがナフサ問題後の食品パッケージが目指すべき方向の一つの答えだ。
おわりに
ナフサ問題は食品パッケージにとって危機だった。しかし同時に「そもそも理想のパッケージとは何か」を問い直す歴史的な転換点でもあった。
インサイト発掘→コンセプト設計→アウトサイト設計という3段階のプロセスを経ること。コンセプトを象徴するモチーフで表現すること。消費者が「顔」として認識できるパッケージを設計すること。
この3つを実践したブランドが、ナフサ問題後の食品パッケージ市場で生き残る。東洋経済で提示した「3つの方向性」は、この見た目の科学の3理論に裏付けられている。
【関連記事】
【参考文献】
- ※1:Niemyjska, A., K. Myślińska-Szarek & K. Cantarero (2021) Friends are not to be eaten: Children are reluctant to eat cookies that share physical and psychological human features due to their desire to relate to the food. Appetite, 160, 105076.
- 宮本文幸『ゼロ・プロモーション・マーケティング』同友館.
宮本文幸|「見た目」戦略研究家・桜美林大学ビジネスマネジメント学群教授 zero-promotion-marketing.com